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結婚相談所 埼玉始めました!

いま全世界(とで起きていることなのである。 この中国の台頭は、グローバルに展開できる人たちや企業、とくに先進国つまり資本や技術を持っている側にとってはか歴史的チャンスとなる。
今まで囲内でつくっていたものを中国に持っていけば10分の一のコストでできるかもしれない。 また、国内で一億人に売っていたものを中国に持っていけば、10億人に売れるかもしれない。
チャンスは無限に広がるのである。 もちろん中国だけでなく、インドにも同じような可能性がある。
もしかすると、最後のフロンテイアはインドになるかもしれない。 ただし、このグローパリズムに乗れるのはほほ大手や中堅企業に限られる。
英語や中国語ができる優秀な人材がいて、資金も潤沢にある大企業にとってみれば、中国やインドはまたとないチャンスと映る。 日本企業もアメリカ企業も台湾企業もヨーロッパ企業も、今やすさまじい勢いで中国に進出して、そこで大きな業績を上げている。
一方、中国語はできないし、英語もたどたどしい人たちゃ、資金や人材の余裕がない中小企業や零細企業は、グローバルに展開できないどころか、今後は日本企業が中国でつくった低価格商品と競争しなければいけなくなるので、こちらは大変厳しい経済状態に置かれる。 グローパリゼーションに乗れる人たち(企業も含む)の所得はどんどん上がっていくが、それに乗れない人たちの所得はどんどん下がっていく。

中国が台頭してきたことによって、全世界規模で所得格差が広がっているのである。 このグローパリゼーションがもたらす影響はすべての先進国で同じ問題を引き起こすから、必ずしも日本だけがその影響をこうむるわけではない。
日本は中国に地理的にいちばん近いが、この場合、地理的距離はほとんど関係がない。 このように、理論的にはすべての先進国がみな同じ影響を受けるはずだが、私は実は、日本が受ける影響がいちばん大きいと懸念している。
ヨーロッパやアメリカに比べると、日本は分が悪いと思われるのである。 なぜかと言えば、日本は今回グローパリゼーションの洗礼を初めて受けるのに対し、日本以外の先進国は一回、これと同じ経験をしているからである。
いつ経験したかと言えば、まさに3O年前、日本が台頭した時である。 私は1967年11月に東京からサンフランシスコに移住したので、当時の日本側とアメリカ側の状況をつぶさに見ているが、1965年の時点で、カメラと言えばライカ、ツアイス・イコンを筆頭とするドイツ製が世界を席巻していた。
日本でもカメラ産業は急成長していたが、世界で見ればやはり「カメラはドイツ」という時代であった。 その時点で、日本が世界のカメラ市場を席巻すると予見した人は恐らく日本にもドイツにも一人もいなかったと思われる。
それからわずか10年後の1975年に、ドイツのカメラ産業は全滅してしまう。 LLシンガポールで生産を続けたりしたが、ドイツ本国での生産は限りなくゼロに近いところまで落ち込んでしまった。
わずか10年、たったの10年でそこまでいってしまったのである。 その聞に、Tにしろ、Rにしろ、すべて撤退した。
それだけ急激かつ激烈な変化が起こったわけである。 アメリカの家電メーカーや鉄鋼メーカー、工作機械メーカーも、1965年から75年の聞に壊滅的打撃を受けた。
65年の段階において、アメリカの家電メーカー関係者で、まさか日本ごときにしてやられると思っていた人は何人もいなかったはずである。 75年には、アメリカの家電製品はほとんど日本製品によって駆逐されてしまった。
同様に、この間、工作機械も造船も全部やられてしまった。 その時に彼らが受けたショックには想像を絶するものがあったのである。

先述したように、私は1967年に初めてアメリカに足を踏み入れたが、その時のアメリカ人は本当に自信満々だった。 アジアから来た我々に対して本当に寛大で、「おまえたちも頑張れば、俺たちみたいにリッチになれるぞ」という感じで、いろいろ助けてくれたしアドバイスもくれた。
自信満々だからできたことである。 影響もあり、この時のアメリカはガタガタだった。
何をやってもうまくいかない。 石油ショックもあったから、燃費が悪く不良品だらけのアメリカ車は全然売れなくなってしまった。
その一方、日本車は燃費がよくて故障が少ないと評判になっていた。 まさに18O度変わってしまったわけである。
アメリカでは、絶対に負けないと思われていた産業が次々に消滅していった。 ホームレスも増え、治Eも悪くなる。
そこで、当初はとにかく保護主義で、日本製品が入ってくるのをなんとか防ごうとした。 いわゆる貿易摩擦が発生し、「日本車は、何百万台以上は入れない」などと、日米間で激しいやりとりが続いた。
ヨーロッパも同様な手段に頼った。 その一方、アメリカは「日本的経営」に学んで、その長所を企業経営に活かそうと、必死になって研究していた。
当時は、日本人だというだけで、それほど能力がない学生やビジネスマンでも「ハーバード・ビジネススクール」に留学できたのである。 それだけ日本が注目されていたということである。

い状況から脱け出し、ようやく新しい展望が開けてきた。 彼らはグロiパリゼーションの上昇気流に乗ったのである。
彼らはグローパリゼーションの大潮流を受け入れ、それに乗れる人たち、つまりデザインでも映画でも電機製品、サービスでもとにかく、世界に向けてH新しいものHをつくれる人たちには大きな報酬を用意するようになった。 レーガンやサッチャーの減税や規制経和を中心としたサプライ・サイド改革とはまさにそういうことであった。
今や世界で注目されているのは、上に挙げたビル・ゲイツ以下の人々であり、彼らの事業は全世界にどんどん広がり、彼ら自身、すさまじくリッチになっている。 他方、そうしたグローバリゼーションの波に乗れない一般庶民は、ここ20年間、所得はあまり増えず将来もおそらくあまり増えないと思われるが、政府は彼らに対しては市場を開放して輸入品を大量に入れることで彼らの生活費を下げていった。
アメリカ社会やヨーロッパ社会は、結局、「保護主義では問題は解決されない」ということを理解した。 実際、輸入品がたくさん入ってきているので、食品も衣類も豊富でEいから、アメリカはかなり暮しやすい社会である。
世界がアメリカ、ヨーロッパで広がっていったが、その背景にある最も重要な考え方は何かと一言、っと、絶えず新しい製品や事業をつくって時代をリードすることで、後ろから追いかけてくる日本やアジアを振り切る、ということである。 いつまでも同じようなモノをつくっていたのではすぐ日本に追いつかれ、追い越されてしまうからだ。
先進国が先進国であり続けるには、絶えず先を走り、先進的なことをやっていかなければならないのである。 終身雇用、年功序列と言われた日本の雇用制度、さらに均一な労働者を大量生産する教育制度は、「追いつけ追い越せ」の時代の経済ならば極めて効率的であった。
実際に、道路と住宅を除けばほとんどの分野で日本は世界の先進国に追いついてしまった。 ちょうど日本が欧米に追いついたと思ったところで出てきた課題が、後ろから追い上げてくる中国やその後に続くインドをどうやって振り切るかである。


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